2006年11月22日

私は出ていかない



連合赤軍あさま山荘事件 1972年

「テッポウを撃つなら私を撃って下さい」
泣き声の主は人質の母親
犯人グループの親たちもカメラの前でマイクを取って説得に当たった

マーちゃん、もし中にいたら聞いてちょうだい。私達はね。警察に呼ばれて来たのじゃないのよ。警察のためではないの。誤解しないで。親として見ておれないのよ。私は親だから、どうしても生きてもらいたいの。今のままじゃ、あんた達が浮かばれないと思うの。あんたたちにもプライドはあると思うのよ。格好悪いかもしれないけど、できにくいと思うけど、頼むから出てきて欲しいのよ、マーちゃん。私はあんたたちの一途な気持ちが誤解されるのが悔しいのよ。このままじゃ凶悪犯人と同じじゃないの。世の中、社会を思って、自分を犠牲にして一生懸命やってきたのじゃないの。世の中を良くするためにやってきたんじゃないですか。このままでは、あなたたちが浮かばれない気がするの。せめて最後は凶悪犯と違うところを見せて欲しいの。このままじゃ誤解されっぱなしよ。母親は子どもが生きてさえいればどこにいてもいいの。でもね、私はあきらめたわ。どうか最後は立派に死んでちょうだい。雅邦、私がこんなところで大きな声を出すのが、あなたのプライドを傷つけるかもしれない。かんべんしてちょうだい。でも、もう気が狂いそうなの」
http://yabusaka.moo.jp/asamasansou.htm

返事は2発の威嚇射撃

9日間の中継で最大視聴率は98%を超えたそうな 

「・・・こんなその、なんと言ったらいいのか長時間の中継も私は初めてですが その、
人間が人間に狙いをつけて銃で撃っているということを
そのまま同時にテレビで中継しているということの このことじたいの、
この犯罪そのものが異常である事は勿論ですがこれがその、 
テレビでこんなに長時間、茶の間に送りこまれるということ、そのことの異常さとか、 
そんなことが同時に進行しているという
非常に異常なことの積み重なりで、恐ろしくなりますね」

あさま山荘事件は 
60年代から続いた学生の反体制運動に 結果として止めを刺した
「一部の過激派がやったこと」
左翼や活動家の大半はこの件 口を閉ざしてタブーとなった

12人の死者を出した「総括」とは中国共産党経由 思想教育の一手段
「自己批判」も当時の流行語 

仲間や上に対して
「私はまだ資本主義的思想が抜けていませんでした 
反省します 革命戦士として生まれ変わります」ってこと

35年前の若者達は
正義に燃えて社会悪を追求していた
大学がおかしい 安保条約はおかしい 
べトナムの人民を焼くアメリカの飛行機が 平和憲法のわが国から飛び立っている





活動家諸君は大騒ぎしたが 結局その問題意識を一般人にアピールできなかった

当時の日本は朝鮮やベトナムの戦争のおかげで
信じられないほど金持ちになっていたこと
彼ら独特の隠語や難解なアジビラを理解できるのは 彼らの仲間だけだったこと

共産主義は本来、独裁やリーダーを嫌う メンバー全て「同志」と呼ばれて
その実 統一も団結もできずに派閥に別れて殺しあった
「あさま山荘事件」→「連合赤軍リンチ事件」はその象徴

連合赤軍内では、いつしか永田の二人が独裁的支配をするようになり、2人の気に入らない者は、規律違反、日和見、反共産主義的などの理由で「総括」のリンチにかけられ、殴られ、蹴られ、縛られた上、極寒の中に放置されて凍死させられた。脱走した者もいたが、彼らが逮捕されると、アジトの場所が知られることになるため、脱走するおそれのある者まで「総括」の対象となった。」
http://home.r07.itscom.net/miyazaki/bunya/index.html#asama

12人の犠牲者たちのうち幾人かは
「自己批判しろ!」「まだ反省が足りない!」と
「同志」を責めて殺した側でもあった

逮捕のち三年後
「あさま山荘事件」準主犯格 坂口弘のエピソード

「1975年(昭和50年)8月4日、坂東国男
日本赤軍によるクアラルンプールのアメリカ大使館占拠事件の超法規的措置により
海外へ逃亡し、日本赤軍と合流した。」



つまり同志奪還 テロリストの人質交換要求

「だが、坂口弘はこれに応じなかった。
坂口はリンチ殺害事件において、14人の「総括」に関係しており、
高い確率で死刑が予想された。事実、のちに死刑判決を受ける。
釈放の呼びかけに応じれば、生命は確保されるにもかかわらず、坂口は拒否した。

クアラルンプールのゲリラからの国際電話に対して、直接、
「君たちは間違っている。私は出ていかない。
君たちは大衆の支持を得ることはできないであろう」とのみ答えたという。」
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/rengou.htm

釈放に応じてクアラルンプールへ
自由の身となった坂東国男の行方はよくわかっていない




なぜ若者は政治運動をしなくなったか

連合赤軍事件の浅間山荘を訪ねてみた

「全共闘時代用語の基礎知識」

マルチメディア共産趣味者連合
posted by ヒサミチ at 18:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 このエントリーを含むはてなブックマーク
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