2006年12月22日

モノクロ電波塔

Distant_City_web.jpg

City_Girl.jpg


たとえば
「市民ケーン」は白黒映画だよね 「勝手にしやがれ」「8 1/2」もブラック&ホワイト
黒澤小津溝口といった日本映画 巨匠の残したクラシック そのほとんどはモノクロであります
ヒッチコックはカラー映画に相当抵抗があったと聞いた
何故かと問われて「安っぽくなるから」

「風と共に去りぬ」「雨に唄えば」でみなさんご承知の通り
カラー・フィルムは30年代に既に完成していた技術

しかし 
劇場にかかる新作映画が全てカラーになったのはおそらく60年代の終わりでしょう
メロドラマやミュージカル、ご家族向けアニメーションはカラー
スリラーやドキュメント、文芸映画ならモノクロといった過渡期、
棲み分けの時期は20年も続きました

きちんと調べたわけじゃないが
カンヌやベネチア ヨーロッパの映画祭に出すような
「芸術映画」はだいたいモノクロだったように思えます
格調といおうか 暗くて重くてむつかしいイメージ

対して
唄って踊って恋をして
ご家族集めてなんぼの痛快娯楽映画はカラー・フィルムというわけ

今の地味な映画は「アート系」とか「カルト」とかいわれるね
あまり救いのない物語は単館で好き物のためにひっそり上映
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」 「エレファント・マン」もモノクロだった
傑作「フリークスも人間も」はセピア・カラー

7_some_velvet_morning.jpg

David Trulli は1960年 NY生まれ
ハリウッドで主にポルノ映画の撮影技師をしていたらしい

版画のような絵はスクラッチ・ボードに描かれている
あらかじめ黒い塗料が塗ってあるその上からナイフで削りだす技法

しぜん画題は夜がメインになって
闇にそのに目を光らせる人間達の表情は神経質で重苦しい
昔の犯罪映画や暗い50年代SFをモチーフにして 
電波塔がぎらぎらと恐ろしい

LAX_web.jpg

神経症になったり贋札犯人と呼ばれていたころ赤瀬川原平を連想しました

2003.11.13.gif

色気皆無 機械への憧れと畏怖 細部をこれでもかと描写する感じ

このひと今の映画とか撮ってて辛かったろうなぁ ポルノにモノクロはありえないもん

Microwave_Sunset_web.jpg



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posted by ヒサミチ at 23:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 画像 このエントリーを含むはてなブックマーク
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