2007年01月07日

拳をキャンバスに

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自分が篠原有司男の名前を知ったのは
「反芸術アンパン」「東京ミキサー計画」という本だった

1960年 前衛芸術家、赤瀬川源平荒川修作
「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成 
読売アンデパンダン展を砦にやりたい放題の記録

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こちらのマンガがはやわかり 
「NEO DADA」ビラの男は吉村益信 
右下、帽子が升沢金平 胸に電球をくくりつけている

「なかでも仙台高校サッカー部出身の升沢金平(現在ニューヨーク滞在)が自分のフトンから引っぱり出した綿を床に拡げ真中に小便をした「帝国ホテル」と題する作品には、さすがのぼくもあいた口がふさがらなかった。  
作品に火をつけたり、墨汁をぶっかけ合い、公園の池に飛び込んで体を洗う。  
常に二日酔いのぼくらにさすがの東京都公園課も会場費をつっ返し画廊を閉鎖してしまった。  
銀座が近いのでぼくらは毎日奇ばつな格好でデモった。  
電球をたくさんぶら下げたマントを着た金平は、アベックを見ると電球をぶっつけるのでヒヤリとした。」
http://www.new-york-art.com/zen-ei-dai-10.htm

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アンデパンダンはインディペンデント 誰でも無審査で作品を陳列できる 
狂騒と革命の60年代 
デュシャンラウシェンバーグフルクサスに胸躍らせたわが国の若い作家たちに
画廊美術館は狭すぎた 
街頭に繰り出して芸術だ 流行った言葉で「ハプニング」いいます 
たとえば場所と時間を指定して 
居合わせた通行人の前で踊ったり問いかけたり裸になったりするパフォーマンス 

篠原有司男の当時珍しいモヒカン頭
消火器をボクシング・グローブを画材にぶっつける技法は
その延長でありましょう

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「たとえばアクションだ! 三年前の昭和三十二年、ジョルジュ・マチウが白木屋のウィンドウに残して行った華麗な行為は、野獣の如くぼくらののど笛に喰い下がって離れなくなった。 織細過ぎる彼のタブローはどうでもよい。 アクションによる制作方法は、形而下的に、しかもいっきょに旧画法をぶち壊してしまった。」
http://www.new-york-art.com/zen-ei-dai-09.htm

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ここまで
若い読者むけに説明したらもういいだろ
とにかくこの男面白すぎる オレ古本10年探してた「前衛の道」
http://www.new-york-art.com/zenei-rensai.htm 
ここで一部が覗けてモー痺れっぱなし 

1932年生まれ 岡本太郎をして「痛快」と言わしめて現在74歳 なお前衛

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http://www.spikyart.org/paintingbattlephotos.html
↑で映像も見られます 「毒ガエルの復讐」 この雄姿



篠原有司男 (しのはらうしお) 公式サイト 公式ブログ 宇川直宏解説

「赤瀬川原平/反芸術アンパン」について
posted by ヒサミチ at 05:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 画像 このエントリーを含むはてなブックマーク
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